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多くの小売企業と同様に、東急ストアもまた深刻な人手不足という課題に直面していました。この状況を打破し、従業員の生産性を向上させるため、同社が着目したのが「生成AI」の活用です。具体的な施策として、従業員の業務効率化を目的とした生成AIアプリケーションの開発プロジェクトを発足しました。
その開発パートナーとして白羽の矢が立ったのが、Algomaticです。この記事では、東急ストアでDX戦略を推進する福冨渉課長をお迎えし、Algomatic取締役CTOの南里勇気がインタビュー。なぜAlgomaticを選んだのか、そして未知の領域である生成AI開発をどのように進めていったのか、プロジェクトの背景と成功の秘訣に迫ります。
・福冨 渉 (株式会社東急ストア ビジネスソリューション部 DX戦略課長)
2005年、株式会社東急ストアに入社。店舗、社長室(現 経営企画部)、グロサリー部バイヤーを経験。2019年より情報システム部(現ビジネスソリューション部)で発注システム関連の業務に従事。同時に、DXの視点から「顧客価値向上」「業務効率化」「リスク対応」をキーワードに社内全般の改善に取り組む。
・南里 勇気 (株式会社Algomatic 取締役 兼 執行役員 横断CTO)
株式会社FiNCに創業初期から参画し、多岐に渡る事業にソフトウェアエンジニア/エンジニアリングマネージャーとして携わる。2020年6月にBison Holdingsを創業し、多数の企業向けにソリューション開発事業を展開。また、フードテック企業で取締役CTOとして、飲食店向けのSaaSソリューション開発を経験。東京大学の田中謙司研究室にて学術専門職員としても従事。2023年6月にDMMグループにジョインし、Algomaticに取締役CTOとして参画。
人手不足の危機感から、生成AIを活用し生産性の向上へ
南里 勇気(以下、南里):東急ストアさんは、数年前からDX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進するなど、早期からテクノロジーの活用に積極的に取り組まれている印象があります。そもそも、どういったきっかけでDXを推進することになったのでしょうか?
福冨 渉(以下、福冨):2021年に、社内で「DX推進プロジェクト」を立ち上げました。こうした取り組みを進める背景には、少子高齢化による構造的な人手不足への危機感があります。とくに店舗運営を中心とする小売業においては、長らく人手に頼った業務が大半を占めていました。しかし、この前提はもはや通用しなくなっています。
だからこそ、“人員が減っても成果を落とさない”体制を、なるべく早期の段階から構築する必要があると判断しました。東急ストアでは「顧客の利便性向上」「従業員の生産性向上」「事業継続のための基盤構築」「SDGs(持続可能な開発目標)への寄与」という4つの軸をもとにDX戦略の方針を掲げており、特に「従業員の生産性向上」に力を入れています。
従業員の生産性向上が持続的な店舗運営、顧客への付加価値の提供にもつながると考え、1〜2年前から生成AIを業務に活用する取り組みも始めました。
南里:DXの推進において、さまざまなテクノロジーが活用されていると思いますが、生成AIに関しては、どのような期待を込めて活用を決めたのでしょうか。
福冨:生成AIは、単なる効率化の手段にとどまらず、“高付加価値を創出する”ための中核技術である、と私たちは捉えています。簡易的なタスクを実行してくれることはもちろんですが、その他にも顧客の声を分析したり、購買データに潜む“兆し”をAIが捉えたりして、今までは属人的で時間がかかっていたところを、スピーディかつ柔軟に意思決定ができるようになります。小売業のあり方、店舗運営の仕方を大きくアップデートできる可能性があると感じましたし、何より人間が「考える時間」を取り戻すためのインフラでもあると思いました。
実際、東急ストアでは2023年7月ごろから、小売業において生成AIをどのように活用できるかを考え始めました。社内でワークショップも開催していたんです。

南里:生成AIの活用の方向性を模索する中、なぜAlgomaticに声をかけていただいたのでしょうか。パートナーとして選んでいただいた理由を教えてください。
福冨:最初は生成AIを活用して何ができるかを模索するために、ChatGPTを触ってみることから始めたんです。生成AIはすごい技術である一方、当時は技術進化のスピードも早かったので、早急に決めるのは得策ではないと考え、半年ほど待ってみることにしました。半年ほど経つと、世の中に生成AIも普及し始め、東急ストアとしても生成AIを積極的に活用すべきという温度感になっていたんです。
こういった新しい技術を活用するにあたって、多くの場合はROI(投資対効果)を求められ、そこに納得感を持ってもらうことがハードルなのですが、生成AIを活用することが円滑な会社運営につながると経営陣にも理解してもらい、「やってみよう!」となりました。
チャットボットのようなテキスト型の生成AIではなく、生成AIを活用した業務効率化のソリューションを開発できないか。そういった考えのもと、数社に声をかけていた中、Algomaticさんが登壇されていたセミナーを聞き、問い合わせてみることにしたんです。
南里:当時、まさか東急ストアさんから問い合わせをいただけるとは想像もしていなかったので、とても驚きました(笑)。ちなみにどういった点に興味をお持ちいただけたのでしょうか?
福冨:私たちがパートナーに求めていたものは、開発のスピード感と小売業界に寄り添っていただけるかどうかでした。Algomaticさんの過去の取り組みの事例を見る中で、その両方を併せ持っていると感じたんです。
私たちが生成AIを活用する意義は、従業員の業務効率化にあります。そこに向けて、現場に寄り添って物事を考えていただけるかどうかは重要な視点でした。問い合わせをしたところ、すぐに東急ストアの数店舗に足を運んでくれましたし、Algomaticさんは単なる技術提供にとどまらず、“共創型のパートナー”としての可能性を強く感じました。
Algomaticさんが掲げる「ベンダーの枠を超え、事業成果にコミットする伴走型支援」という考え方も、私たちが目指す未来との高い親和性を持っていると実感しています。
「現場に刺さるシステム」を速く・安く届け、事業成果にコミットする"ワンチーム"として
南里:今回、「Difyを活用したPOP画像の生成自動化」「『お客様の声』を収集・構造化し、データとして蓄積する仕組みの構築」「SNSトレンドや顧客層に合わせた商品提案の仕組み」といった3つのプロジェクトを進めていきましたが、どのようにして解くべきイシューを定めていったのでしょうか?

福冨:生成AIを活用して、何を実現すべきか。スコープを決めるまでは苦労しましたね。本システムを検討しているタイミングで、社内で「人手不足対応プロジェクト」が立ち上がっており、現場の社員が感じている課題をアンケートで聞く機会があったんです。
アンケートの回答を見たところ、「多品種少量対応のためのPOP生成やコンテンツ制作に毎回時間がかかっている」「お客様の声をアナログで収集し、手入力している」「季節や行事を踏まえて具体的にどんな商品をオススメするべきか判断が難しい」といった課題や要望が多く挙がっていることがわかりました。従業員の業務効率化に向けて、まずは生成AIを活用して、こういった課題を解決していくことにしたんです。
まず着手したのは、顧客の声を正しく、深く読み解く仕組みの構築です。アンケートや問い合わせなどのテキストデータをAI-OCRでデジタル化し、それを自然言語処理で解析。感情やニーズの傾向を定量的に可視化するところからスタートしました。
続いて進めたのが、商品提案の自動化です。目玉商品に対してどの商品を併売すべきか、これまでは担当者の感覚や経験に頼っていた部分を、SNSトレンドや顧客およびターゲット層をもとに生成AIが提案してくれるようにしました。そして最後に取り組んだのが、販促POPの自動生成です。販促POPのトンマナに最適化した商品画像とデザインの素案を、追加編集を加えることが可能な形式で生成AIが出力することで、制作の工数・コストを大幅に削減。数日かかっていた作業が、数時間で形になるようになりました。
南里:実際にプロジェクトを進めていく中で、印象に残っていることはありますか。
福冨:開発のスピード感は、私たちの期待以上でした。開発すべきスコープが決まってから、1〜2ヶ月で開発してくださって。さらには、お願いした以上の提案が次々と出てきて、「そこまでやるの?」という驚きが、信頼に変わっていったのを覚えています。私たちの成功を“自分ごと”として考えてくださる姿勢、定例会議だけでは足りないとSlackで積極的に連絡をくださる姿勢など、まさに“ワンチーム”として伴走してくださっている実感がありました。もはや“委託”という感覚はなかったですね。
また、ここまでの開発スピードが実現できた背景には、複雑な構成を避け、オーバーエンジニアリングを回避するというAlgomaticさんのアプローチがあったと思います。私たちとしても、なるべく早期のタイミングで成果が欲しいと思っていたので、Difyなど軽量なツールでROIの最大化を図るという点にも強く惹かれましたし、限られたリソースの中で確実に成果を出す実行力は素晴らしいなと感じました。

南里:どういった技術を活用して、システムを構築するかという点にとくに注力しました。インパクトを出すために大がかりなものにしてしまうと、時間がかかりすぎてしまう。ビジネス解像度を高めることで、必要最小限のシステムを理解し、人間とAIとのワークフロー全体を捉えて、そのROIを考えるというのが私たちの基本姿勢です。今回、さまざまな選択肢を考える中、軽量に構成できるDifyを活用することにしました。
福冨:技術に振り回されず、「現場に刺さるシステム」をいかに速く・安く届けるか。ここに徹底的にこだわっていただけたのが良かったです。Algomaticさんが提案してくださったDifyを活用した軽量構成はROIが見えづらい開発はせず、“成果から逆算”して必要最低限で最大効果を出すという合理的な構築に徹していたのが印象的でした。「目的のために、あえて作りすぎない」、この判断基準が、プロジェクト全体の健全性を支えたと感じています。
南里:現場との連携は、どのように図っていったのでしょうか?
福冨:プロジェクトチームとして店長との直接対話、現場の声を反映させることを意識して進めました。この「店舗起点の課題発見力」があったからこそ、机上の空論に終わらず、現実に即した仕組みが実現したのだと思います。
「Web会議では見えない現場のリアル」まで掴み、プロンプトエンジニアリングにも活かしてくださったのは、まさに“共創”の象徴でした。現場の言語をAIに反映させる“プロンプトエンジニアリング”の工夫も、御社ならではの強みでした。
一方で、開発いただいたアプリケーションは、まだ実用段階まで落とし込めていません。今後、店舗で導入を進めていくにあたって課題も出てくるでしょう。新しい技術に対して拒否反応が出てしまう人もいます。また、生成AIの活用は業務効率化を目的にしているわけですが、業務効率化は基本的には“できる人”と“できない人”の差を埋め、誰もが標準的に業務をできるようにしようとするもの。そうすると、一部の“できる人”は新しいプロセスが増えたことで、かえって非効率になってしまう、ここをどうするかが今後の課題です。
「生成AIを業務基盤に据える」ことが、収益構造の変革につながる
南里:今後、生成AIをどのように活用していきたいと考えていますか?
福冨:短期的には、先ほど申し上げた「人手不足対応プロジェクト」のアンケートでいろいろな課題や意見が出ているので、まずは従業員の声をもとに課題を解決するソリューションを開発していくのがひとつです。「実現できそうだけど、片手間では難しい」というものが膨大にあるので、それらを一つずつどう形にしていくかを考えていきたいですね。
中長期では、生成AIで出来ることはどんどん増えているので、今後はサプライチェーン全体の高度化を実現したいと考えています。たとえば需要予測の精度を高めることで、値引き判断や仕入れの最適化につなげていく。これらの改善は売上や利益に直結するため、「生成AIを業務基盤に据える」ことが、収益構造の変革に直結していくはずです。
また、品揃えにおいても、“地域性”や“客層”に応じたオリジナリティが欠かせません。画一的なレイアウトではなく、生成AIの力を積極的に活用することで「データドリブンで店舗ごとの意思を反映した棚割り」を推進し、より快適な買い物体験を提供したいと考えています。
南里:最後に、弊社への今後の期待をお聞かせください。
福冨:これからも、“成果から逆算し、ともに前線で動いてくれる存在”であり続けてほしいと思っています。生成AIという武器をともに磨きながら、ビジネスを進化させていく、そんな共創のパートナーとして、今後も一緒に歩みを進めていければと思います。

福冨さま、貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
AlgomaticのAI Transformation(AX)事業部では、各業界に特化した生成AIの業務適用とシステム開発を支援しています。企業が抱える課題や従業員のみなさまからの要望をもとに、最適なソリューションを提供し、コスト低減からトップライン向上までコミットするAI Transformationを実現します。この機会にお問合せください。